自覚と悟り

2017年。認められるためにやってきたことを降ろしていく

あけましておめでとうございます。

年末年始は、いかがお過ごしですか?

私はお友だち夫婦とトルコ料理で忘年会、大晦日は笑ってはいけない科学博士をみていつのまにか年を越し、元日は遅めの大掃除・・・!

のんびり過ごしましたとさ。

合間合間にバイトが入ってまして、

立ち仕事しながら落書きしてたら、

大きなクマさんに見張られてました。

そんなに見つめられても・・・(汗)

わかりました。まじめに働きますとも。

さてさて、新年を迎えたからといって急に気持ちが切り替わるわけでもなく。

というか、昨年の冬至から切り替わりましたね。

より力が抜けた。

どこまで抜けるんだい!と思うけど、力は抜ければ抜けるほどいい気がしています。

私はmomo.(自分自身)にどれだけ重い期待をしていたのか。

どれだけ「あなたならできる!」とプレッシャーをかけていたのか。

他者や自分自身から見捨てられることの恐れはどれほどのものだったのか。

その莫大な恐れの中どれだけの勇気をふりしぼってこの世界を切り開き、生きてきたのか。

ときに焦燥感から、ときに期待に応えるべくがんばってきたのか。

ようやくその片鱗に気づいたところです。

私はまだまだ甘やかします、私を。

生まれてからこれまでの三十数年間(いや、繰り返してきた過去世を通してずっと)私ががんばってきたこと。

他者から自分自身から認められるためにやってきたことは、もうすっかり降ろそうとおもう。

たとえこの生涯かけて取り組むことになるとしても。

そういったものを降ろしたときに何にもなくなってしまって、希望やわくわくすらわいてこなくて人生が終わろうとしても、認められるために代替品をつかむことはやめようとおもう。

少なくともそこにはただここに居られるという、それを自分に赦すことができたという幸せがあるのだから。

いつもいまここにある幸せ。

-自覚と悟り