自覚と悟り

根っこに気づく

どうやら私はかんちがいしてました

「自由にすると嫌われる」と思ってました 

自由でいたいのと、愛されたいのがいつもいつも葛藤していました

ときには、嫌われてもいいから私は自由でいるんだ!と、反発心からの「自由への闘争」物語にはまり

ときには、もっともっと自由でいたいのに、嫌われることをおそれておさまっている自分を責める物語にはまっていました

やりたいことをやりながらも、愛されたい私は、ずっとずっと私に訴えてました

それがこんがらがって「どうせわたしは」「ひとりでいいもん」になり

「自由にすると嫌われる」か、「迷惑かけなければ愛されていい」に確固たる信頼と実績を、せっせせっせと築きあげていたのです

今まで繰り広げてきたことがようやく腑に落ち、そうでない考えも選べるとわかりました。

どうやらどうやら

「自由にしていて愛される」を採用してもいいようです

今までも、自由にしていて、愛されていたようです

さんざんやってきて、誰も何も言ってないのに「この辺にしとけば嫌われない」と、もはや無意味なストップをかけて、それも自分や相手を責める材料にしていたのでした

素直になります

一瞬一瞬、ハートにしたがいまして

いきいきしてる私を愛します

もう「ひとりでいい」なんていいません

もう「自由への闘争」ゲームはおしまいです

まっさらなキャンバスに何を描いてもいい

気づいた私は何を描くのかを見守ります

-自覚と悟り