自覚と悟り

「人生と悟り」シャーロック・キムさんの講話(初心者の視点から)

昨日、初めて食べた「テンペ」が美味しかったので、
今日はさっそく焼きテンペとベジカレー♪
ガラにもなく、草食女子でした(笑)

最近、幸せだなぁってよく思います。

不安にのっとられるようなときもあるけれど、それも含めて全部が「私が創造する現実だ」とわかっているということがなによりの安心感。

あぁ、またそう考えてるなぁ。

またやってるやぁ。

そうやって自分を観照することができるということは、とてもありがたいことです。

先週行われました、『人生と悟り』の著者、シャーロック・キムさんの講話。

私は山梨での一日だけ参加しました。テーマを変えて二時間の講話を三回。

実はその日の私眠くて、講話中もうとうとしながら、文字通り「聞き流して」いました。

最初の講話はなんとかついていったのですが、ちょっと難解で、これは「頭で理解する」もんじゃないなぁ。と途中であきらめました。

シャーロック氏の師匠のマスターゲートさんの講話も何度か聴いたことがあるのですが、実は、これはすごい!いいものだ!という感動が起こったことはありません。

毎回それなりにエネルギーを感じたり、それなりに納得するものがあったりしたけれど、がつんとくるほどの良さがよくわからないままの、シャーロック氏の講話でした。

その日の講話のテーマは「人生の意味」「悟りとは何か」「私とは何か」だったように思います。

唯一「悟りとは何か」というところはめちゃめちゃ納得しました。

ドルフィニストアカデミーでやってるところと重なっていたからです。

そしてもう最後の講話も終わろうかという頃、ふとシャーロック氏が繰り返し言っていたことが内側に入ってくる感じがして、ああ、そういうことか。という感覚が起こりました。

正確な言葉は覚えていないのですが、人は地球で数千回~数万回生まれ変わること、その転生を通して成長しつづけていること、意識が爪(ひとりの人間)から指→手→腕→頭と成長していくお話。

はじめは、果てしないなぁ。とためいき混じりに聞いていたのですが、これ(何度も転生)をやっている私。というのが、ふと腑に落ちたのです。

それを繰り返すことを、今までは重苦しいことのように感じていたのですが、次のように変化しました。

いろんなこと体験して、自覚や悟りから遠ざかったように感じたり、へましたり失敗したり、なんかいろいろやらかしたり、死ぬときに未練残したりしても、いいんだね。

その一回の人生ですべてを遂げる期待とプレッシャーをかけなくていい。

また生まれてくるもよし。トライ&エラーをしてるだけ。

人生で何が起ころうが、何を悟ろうが、何を悔いようが、考えの中でドラマが起こってるだけのこと。

私、トライ&エラー繰り返して、生まれなおしてるだけなんだ。

そうやって、どんどん体験して、成長しているんだ。

そこに、またやっちまった、何度やったら気が済むの!とか思わなくていいんだ。

て思ったのです。

一日で2時間×3本の講話だったので、なんかわからんけど浴びるように聞くということが、私にとっては良かったように感じます。

ドルフィニストアカデミーで私がつかんでいる感覚は、人間の私を感じて愛して、とことんつきあって、理解していくということを経て、自分が創っているパターンに気づいて楽になっていくという、とても人間の私に寄り添って人生が軽く楽になる感覚。

ミクロ→マクロな感じ。

この講話では、いきなりマクロ!マクロ!マクロ!ずーっとマクロ!(笑)

マクロを浴びつづけて、いつの日か、あぁ!てなる感じ。

ここまで書いて、えっと、これ、共感されないかもな。

マスターゲートさんのところに通い続けてる方々は、これがわかってていってるわけかぁ。

だとしたら、その良さ知らなかった私はよちよち歩きだなぁ。

などと、いろいろ比べる考えをつくったりしています。(笑)

明日からお留守番にゃりよ。

-自覚と悟り